概要
私は長い間、投資や株に強い抵抗感を持っていた。
正直に言えば、否定派だった。
しかし実際に始めてみると、
「なぜもっと早くやらなかったのか」と後悔することになる。
本記事では、
投資を避けていた理由、始めるきっかけ、
そして実際に体感して価値観がどう変わったのかを整理していく。
本質の深堀
投資をやらなかった理由
投資を避けていた理由は、今振り返るとかなり典型的だ。
- リスクが高いものだと思っていた
- 投資の知識がなく、正直逃げていた
- お金に余裕がなかった
- どこかインチキくさい世界だと感じていた
要するに、
「知らないもの=危険」という思考停止だったと思う。
投資を始めるきっかけ
考えが変わるきっかけはいくつか重なった。
まず、親が所有していた金(ゴールド)の価格が、
10年で約2.5倍になっているのを知ったこと。
数字で突きつけられると、無視できなくなる。
次に、
世界恐慌や資本主義の仕組みを学んだことだ。
歴史を知ると、昔から「いわゆる金持ち」は例外なく投資をしていた。
投資は一部のギャンブラーの遊びではなく、
資本主義社会の標準装備だった。
さらに、NISAなど日常使いのサービスで気軽に始められる環境が整ったことも大きい。
投資の本質に気づいた
「お金を使えば経済が回る」とよく言われる。
私はこれまで、消費することでしか経済に参加してこなかった。
しかし投資は違う。
投資とは、自分の資産を、より価値を生む場所に預ける行為だ。
眠っていたお金が、企業活動を通じて動き出す。
それだけで経済は回り始める。
複利の仕組みを知ると、
短期で一喜一憂することが、いかに無意味かも分かってくる。
長期で続けること自体が、最大の戦略になる。
感覚的には、
株は「競馬の超長距離走」に近い。
ギャンブル特有の高揚感はあるが、
短期で負けても、持ち続けるという選択肢がある。
競馬のように、
外れたらゼロ、という世界ではない。
外れ馬券だと思っていたものが、後に化ける可能性もある。
体感として、
投資は「安全性の高いギャンブル」だった。
同時に、競馬がどれほど危険か、
そしてソシャゲへの課金がいかに愚かな行為かも実感した。
投資に至るまでの時系列
振り返ると、投資に至る思考の流れは自然だった。
まず、歴史が面白くなった。
特に、バンザイ突撃や共産主義に強い関心を持ち、
日本に生まれたことへの誇りも強くなった。
次に、資本主義について考えるようになった。
世界史を一通り学ぶと、
資本主義国家がなぜ先進国になるのかが見えてくる。
企業は資本があればあるほど成長できる。
企業の成長は、国の成長につながる。
一方で、格差が生まれるのも事実だ。
その格差を是正するために生まれたのが共産主義であり、
理想と現実のズレもまた、歴史が証明している。
こうして、
「投資=詐欺」という雑な認識は、
「投資=企業と国の成長に参加する行為」へと変わった。
FP資格の勉強でNISAの仕組みを具体的に知ったことが、
最後の一押しになった。
まとめ
投資は、特別な人のためのものではなかった。
むしろ、資本主義社会に生きる以上、
向き合わない方が不自然だった。
怖いと思っていた理由の多くは、
「知らなかった」だけだった。
お金を使うだけでなく、
お金に働いてもらうという選択肢を持つこと。
それに気づけただけでも、
投資を始めた価値は十分にあったと思っている。


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