概要
「正直者が馬鹿を見る」
この言葉を聞いたことがない人は、ほとんどいないだろう。
正直で、素直で、ルールを守って生きるよりも、
ズルをした人の方が得をしているように見える場面は確かに存在する。
しかし本当に、
正直であることは損なのか?
この言葉は、事実を正しく表しているのか?
感情ではなく、
一つひとつ本質から考えてみたい。
本質の深掘り
なぜ「正直者が馬鹿を見る」と感じるのか
そもそも、この言葉が生まれる背景には、
「比較」がある。
- ズルをした人は得をしているように見える
- 正直な人は損をしているように見える
この一時的な結果だけを切り取ると、
確かに正直な人は馬鹿を見ているように感じる。
では、具体例ごとに本当にそうなのかを見ていく。
① 会社:ミスを隠す人、ゴマをする人の方が給料が高い
一見すると、
正直にミスを報告し、実直に働く人よりも、
- ミスを隠す
- 上司にゴマをする
こうした人の方が評価され、
給料が高いケースは確かにある。
しかし、ミスを報告しない行為の本質は何か。
それは、
不安と罪悪感の先送りだ。
小さなミスを隠すことで、
「今回はバレなかった」という成功体験が生まれる。
この成功体験は危険で、
次に起きるミスをさらに報告しづらくする。
結果として、
- 報告が遅れる
- 状況が悪化する
- 取り返しがつかなくなる
すぐに報告していれば防げた事態が、
「隠す」という選択によって大きなリスクに変わる。
また、ゴマをする行為は「才能」と言われることもあるが、
本質的には他人に依存し、自分を捨てる行為でもある。
自分で考え、自分で判断し、自分で行動した成功は、
強い充実感と自信を生む。
一方、
誰かに気に入られた結果の成功は、
達成感も満足感も驚くほど薄い。
短期的な得と引き換えに、
長期的な精神的コストを払っているとも言える。
② 経費:多く計上した人が得をする
実際より多く経費を計上し、
正直な人が損をしているように見える場面。
確かに、
お金という一点だけを見れば、
ズルをした人の方が得をしている。
しかし、嘘は必ず
小さな罪悪感と不安を生む。
- もしバレたらどうしよう
- これで良かったのか
この感覚は、本人が意識していなくても蓄積される。
一方で、
「損をした」「もったいない」と感じる正直な人は、
実は嘘をつく人を基準に物差しを当てているだけだ。
正確な物差しで見れば、
ルール通りに処理しただけで、
本来は何も失っていない。
比較対象を誤ると、
正直さは損に見えてしまう。
③ 交通ルール:ズルをすれば早く着くしお金も浮く
信号無視、割り込み、違法駐車。
これらをすれば、
- 早く目的地に着ける
- お金もかからない
正直にルールを守る人は、
時間もお金も失っているように見える。
この違いを生むのは、
他人に対する判断基準だ。
- 他人に迷惑をかけても構わない
- 迷惑をかけるのは良くない
前者は利己的で、
「二度と会わない他人はどうでもいい」という考え方。
ただし、ここは少し冷静に見る必要もある。
例えば信号無視でも、
誰にも迷惑をかけず、危険性もない状況なら、
一概に「悪」と言い切れない場合もある。
重要なのは、
自分の行動が誰にどう影響するかを考えているかどうかだ。
考えずに破るルールと、
考えた上での判断は、同じではない。
まとめ
「正直者が馬鹿を見る」は、
短期的な結果だけを切り取れば正しく見える。
しかし、
- 嘘は不安と罪悪感を蓄積させる
- 他人に依存した成功は満足感が低い
- 比較基準を誤ると、正直さは損に見える
正直であることは、
一時的な得を捨てる代わりに、
- 精神的な安定
- 自分への信頼
- 長期的な安心
を手に入れる選択だ。
正直者は、
「馬鹿を見ている」のではない。
目に見えないコストを、最初から払わずに済んでいる
それだけの違いなのだ。


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