概要
子供を見ていると、大人ならやらない行動を平気ですることがある。
それを見て「なぜそんなことをするのか」と不思議に思った。
この違和感を突き詰めていくと、
人間を動かしているのは理性ではなく「本能」であり、
さらに言えば、快楽と苦痛の設計そのものなのではないか、という考えに行き着いた。
本質の深堀
本能とは何か
ここでいう本能を、次のように定義する。
本能=人類が500万年以上生き残ってきた結果として、有性遺伝子に刻まれた「生存の結論」
もしそうだとするなら、
人間の行動原理はとても単純になる。
- 生き残るために有利な行動 → 快楽として感じる
- 生き残るために不利な状態 → 苦痛として感じる
これは個人の性格ではなく、
遺伝子レベルでの初期設定だ。
本能に組み込まれた快楽と苦痛
本能的な快楽と苦痛を整理すると、分かりやすい。
快楽
- 寝る
- 空腹が満たされる
- オーガズム
- 承認されること
苦痛
- 不眠、空腹
- 病気(熱、吐き気など)
- 騒音
- 群れから外れること、孤立感
子供が衝動的に動くのは、この快楽・苦痛に対して、まだ理性のブレーキが弱いからだ。
ある意味、非常に「人間らしい」状態とも言える。
悪い快楽と、良い苦痛
ただし問題はここからだ。
現代社会には、本能をハックした行動が存在する。
悪い快楽
- ギャンブル、ソシャゲ課金
- 風俗を含む過度な性的快楽
- ドラッグ、現実逃避的なアルコール
これらは、
快楽だけを切り出し、結果を奪う行動だ。
一瞬は気持ちいいが、
最終的に残るのは浪費、後悔、空虚さだけ。
遺伝子設計の「抜け穴」を突いた行為とも言える。
良い苦痛
一方で、明らかに苦痛なのに、
長期的には人生を良くする行動がある。
- 勉強やスキル習得
- 運動・筋トレ
- 謝罪や反省
これらは短期的には不快だが、後から効いてくる行動だ。
子供と大人の決定的な違い
子供は、
快楽か苦痛かだけで動く。
大人になるとは、
これは良い快楽か、悪い快楽か
これは良い苦痛か、無意味な苦痛か
を見極められるようになることだ。
言い換えれば、
本能を否定することではなく、
本能を理解した上で使いこなすこと。
まとめ
人間は、本能で動く生き物だ。
それ自体は否定できないし、否定する必要もない。
大切なのは、
目の前の行動が
- 未来に残る「良い快楽」か
- その場しのぎの「悪い快楽」か
- 価値を生む「良い苦痛」か
を意識的に見極めること。
子供のように本能で動き、
大人として選択する。
そのバランスこそが、
後悔の少ない人生につながるのだと思う。


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